深夜のネカフェに散った、男の不純な下心と清楚な女の「スン」​【ネカフェのバイトはきつい?現役店員が仕事内容の裏側と珍客エピソードを大暴露】

ネカフェの珍客・体験談

​1. 週末の夜、フロントに現れた「不調和なふたり」

​週末の夜のネットカフェというのは、実にさまざまな人間模様が交錯する人間観察の宝庫である。

​その日、フロントにやってきたのは20代と思われる男女の二人組みであった。

​女性の方は黒髪のゆるふわパーマにロングスカートがよく似合う、なんとも清楚な雰囲気の可愛らしい女の子。

対する男性も、髪型をキチッとセットしたなかなか小綺麗な若者である。

​男性はすでに当店の会員であったが、女性の方は初めての利用とのこと。

私が淡々と新規会員登録の手続きを進めていると、男性はフロントのカウンターに肘を傾け、妙に親しげな態度で女性に話しかけ始めた。

​「ここ、完全個室もあってさぁ…」

​「へぇ、そんなのがあるんですね…」

​女性もニコニコと笑顔で答えてはいるが、言葉遣いは完全な敬語である。

​(……ほう。カップルかと思ったが、どうやらまだその段階ではないらしいな)

​私は心の中でそっと彼らの距離感を分析した。

無事に女性の会員登録が完了し、伝票を見ると、彼女の住所はここから少し離れた場所であった。

​「では、こちらの完全個室へどうぞ」と案内すると、二人はなにやら和やかに会話を交わしながら、ブースの方へと歩き出した。

​ところが、その直後である。

​男性が「…とと」と、突然グラリと豪快によろめいた。

​私は(…だいぶお酒をお召し上がりになられたのかな)と冷ややかな目で見送り、そのまま他のお客様の対応へと戻ったのであった。

​2. ドリンクバーに横たわる、男の敗北

​それから数分も経たないうちのことである。

​先ほどの清楚な女性が、少々慌てた様子でフロントへ走ってきた。

​「あの! 男性が倒れて…!」

​嫌な予感がして大急ぎでフリードリンクコーナーへ向かうと、そこには壁に背をもたれかけ、足を投げ出してべったりと床に座り込んでいる先ほどの男性の姿があった。

​「大丈夫ですか!?」

​私が声をかけると、男性はうつろな目で「…あ、だ。大丈夫です…」と力なく呟き、必死に立ち上がろうと試みた。

しかし、足に全く力が入らないらしく、ズルズルと滑ってそのまま床に寝転がってしまったのである。

​完全に飲みすぎである。

男の「格好つけたい」という意地だけで保たれていた意識が、ここにきて完全に限界を迎えたのだ。

​全然大丈夫そうに見えない彼に対し、私は言った。

「飲みすぎのようですし、このままお部屋を使われるより、救急車かタクシーを呼ばれた方が良いかと思いますが…」

​すると、床でズルズルと潰れていた男性が、最後の執念を振り絞るように呟いた。

​「…い、いや……部屋……使います……っ」

​なんとしても完全個室に入り込みたいという、彼のスケベ心と哀しい意地が言葉となって漏れ出た瞬間であった。

​しかし次の瞬間、横でその様子を冷ややかに見つめていた清楚な女性が、

​「あ、じゃあタクシーで」

​と、驚くほどスン……と冷めた顔とトーンで即答し、男のささやかな野望を一瞬で粉砕したのである。

さっきまでのニコニコとした愛戯はどこへやら、完全に目が笑っていない。

​「男性のご自宅の住所は分かりますか?」と尋ねるも、「いや、近くだと思うけど分からないです」と素気ないお返事。

​仕方がないのでフロントへ戻り、男性の登録情報から住所を確認してタクシーを手配した。

すると女性がフロントへやってきて、「あ、もう1台呼んでもらって良いですか?」と追加の注文をしてきたのであった。

​3. 清楚な女の素顔と、打ち砕かれた計画

​男性になんとか水を飲ませ、生まれたての小鹿のように脚をガクガクさせながら立ち上がらせた頃、1台目のタクシーが到着した。

​運転手さんが店内に呼びに来ると、女性は

​「あ、私先に乗りますね」

​と言い捨て、フラフラの男性を一切振り返ることもなく、さっさと店を出て行ってしまった。

​残された哀れな男性は、遅れてやってきた2台目のタクシーの元へ、亡霊のようにフラフラと歩いて去っていった。

​二人が去った後、私は一度も使われることのなかった完全個室の伝票をキャンセル処理し、まだ新しい女性の会員情報を画面に打ち込んでいた。

​そして、事の顛末を頭の中で整理しているうちに、ジワジワと笑いがこみ上げてきたのである。

​(…あんな、漫画みたいにお持ち帰りの失敗をする人間が本当に存在するとは)

​推測するに、合コンか何かで知り合い、必死に口説いて女性に酒を飲ませ、いい感じの雰囲気に持ち込んだのだろう。

しかし、初対面の女性をいきなり自分の家に誘うのは流石にハードルが高かったのか、彼が悩みぬいた末に辿り着いた妥協点が「ネカフェの完全個室」だったわけだ。

​そして「完全個室の確保」というミッションを完了した瞬間、彼の張り詰めていた緊張の糸と酒の酔いが一気に弾けたのだろう。

​その結果が、ドリンクバーの床へ「ズルズル……」とスローモーションで沈没していくあの無様な姿である。人間、緊張が切れるとここまで見事に液体のようにへたり込むものなのかと、私は密かに感心してしまった。まるで、中身の抜けた着ぐるみがその場に崩れ落ちたかのような情けなさであった。

​一方、清楚に見えた女性の方はというと、案外かなりの酒豪だったらしく、最初はしおらしく「私ぜんぜん強くなくてぇ…」などと上目遣いで首をかしげ、可愛く酔ったフリをして男に気を持たせつつ、その実、ザブザブとお酒を味わいながらちゃっかり楽しんでいたに違いない。なんという恐ろしいちゃっかり感、そして見事な小悪魔っぷりである。そして、男の醜態を見た瞬間にケロリと素に戻り、冷酷に去っていったのだ。

​今頃彼女は、帰りのタクシーの中で「あいつ、お酒弱いくせにカッコつけて自爆しちゃってさ〜(笑)」などと、友達にLINEでクスクス笑いながらご報告しているに違いない。

​そして明日、二日酔いの頭痛とともに目覚めた男性は、途切れた記憶を必死にたどり、己の大失態と飲みすぎた愚かさに悶絶することになるのだ。

​(…ダッサ笑)

​私は心の中でそう呟き、静かに業務に戻った。

ネットカフェの夜は、今日も今日とて多様な人間の愚かさと悲哀に満ちている。

​4. 本日の店内おすすめコミック『ザ・ファブル』

​今回の「酒に飲まれて自爆した男」と「スンと冷めて去っていった酒豪の女」のドラマを見ていて、私はある漫画の登場人物を思い出した。

​南勝久先生の傑作スパイ・アクションコメディ『ザ・ファブル』である。

【あらすじ】

どんな相手も6秒以内に仕留める伝説の殺し屋「ファブル」が、ボスから「1年間誰も殺さずに一般人として普通に暮らせ」と命じられ、手探りの日常を送る物語である。

​この作品には、主人公の相棒である「洋子(ようこ)」という、実に恐ろしくも魅力的な女性が登場する。

​彼女は人並み外れた圧倒的な酒の強さを誇り、ナンパしてきた高橋やユウキといったチャラい男たちを「ふふっ♡」と愛想よく持ち上げながらお酒を飲ませ、気を持たせるだけ持たせて見事につぶし、手のひらの上でコロコロと翻弄して楽しむという、なんともお茶目でチャーミングな(?)趣味をお持ちなのだ。

​今回の清楚な女の子のあの冷めきった「スン」とした対応と、男を自然体に自爆させた鮮やかな手腕は、まさに洋子ちゃんの小悪魔的テクニックそのものであった。

​男側としては「今日はいけるかも」とスケベ心を出して酒を飲ませたつもりが、実は相手の方が一枚も二枚も上手で、可愛らしく返り討ちに遭っていたというわけだ。

『酒は飲んでも飲まれるな』

『清楚な顔をした小悪魔な酒豪をナメるな』

​——世の愚かな男たちへ贈る教訓としては、これ以上ないほど身にしみる名作である。

​みなさんも当店の完全個室で、お酒ではなく冷たいソフトドリンクでも飲みながら、じっくりと噛みしめるように読んでみてはいかがだろうか。

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