【三部作・その3】パシリのおじさんと、自分に「さん」をつける男【ネカフェのバイトはきつい?現役店員が仕事内容の裏側と珍客エピソードを大暴露】

ネカフェの珍客・体験談

​はじめに:嵐が過ぎ去ったあとの、不気味な平和

​あの激しい無銭飲食逃亡劇から、ちょうど1週間が経った頃のことである。

​店内には再び穏やかな日常が戻り、私はあの日走って犯人を追った中田さんと一緒にシフトに入っていた。

​逃亡事件の直後は興奮冷めやらぬ様子だった中田さんも、すっかり落ち着きを取り戻していた。私が仕事の合間に繰り出すくだらないバカバカしい雑談にも、「ふふ、そうですよねぇ~」といつもの優しげな微笑みを浮かべて応えてくれている。いつもの平和な時間が流れていることに、私は心底ほっとしていたのである。

​休憩時間に入り、バックヤードで呑気に漫画の続きを読んでいると、扉が開き、中田さんが何やら非常に険しい顔つきで現れた。さっきまでの穏やかな笑顔はどこへやら、ただならぬ雰囲気を漂わせながら私を呼びに来たのである。

​「しー姉さん、休憩中にすみません……。この前逃げた草場雄一郎の友達っていうおじさんが来てるんですけど……」

​「へ? 友達……!?」

​漫画を置き、わけが分からないままフロントへ向かうと、そこには草場と同年代くらいの、お世辞にもパリッとしているとは言えない、みすぼらしい格好のおじさんがぽつんと立っていた。

​1. 理不尽すぎる「パシリ」おじさんの登場

​「どういったご用件でしょうか?」と声をかけると、おじさんは悪びれる様子もなく、むしろ「良いことをしてやった」と言わんばかりのドヤ顔で言った。

​「いやぁ、俺は何も知らないんだけどさ! 何かお金を渡してきてって頼まれてさ!」

​そう言って差し出された封筒の中身を確認すると、お札と小銭でピッタリ5,300円。あの時、草場が踏み倒したロングパックの基本料金(3,450円)と特盛カレー代(1,850円)の合計金額である。

​おじさんはニヤニヤしながら「これでいいんだろ?」と胸を張っているが、残念ながら話はそう単純ではない。

​「失礼ですが……お代が足りていません」

​私が冷静に伝えると、おじさんは「えぇ!?」と目を剥いた。

​あの草場は逃亡する直前、他のお客さんに金をせびり歩くという大迷惑タイムを繰り広げていたため、その分の延長料金がしっかり加算されていたのである。

​「この金額って渡されただけで、俺は本当に何も知らないんだよね!」と当たり前の主張をするおじさん。

​「そう言われましても、足りていないものは足りません。お金を払わず逃げられておりますので、このままですと警察対応になりますが……」

​すると、何の罪もないはずのパシリおじさんは、深いため息をつきながら言った。

​「それじゃあ……足りない分は俺が出すから……」

​草場に頼まれたばかりに、なんの義理もないネカフェの延長料金を自腹で支払っていくおじさん。人が良すぎるのにも程がある。

​(こんなろくでもない奴と友達になるから、こんな目に遭うんだよ……)と、私はおじさんの背中に少し同情の眼差しを送るのであった。

​2. 封筒に刻まれた、謎の敬称

​無事に代金(と延長料金)を回収し、おじさんが去ったあと、私は残されたその封筒をなにげなく眺めてみた。

​そこには、お世辞にも綺麗とは言えない汚い字で、こう書かれていたのである。

​【草場雄一郎さんより】

​……なぜ、自分で自分に「さん」をつけるのか。

​「草場雄一郎より」で良いはずなのに、わざわざ自分で自分に敬称をつけてアピールするその神経。自己肯定感が高いのか、あるいはただ単に常識の螺子が飛んでいるのか、謎は深まるばかりである。

​呆れ果てた私は、隣にいた中田さんに「ねぇ中田さん、これ見てよ」と封筒を突き出してみた。

​文字を目にした瞬間、せっかく仏の心を取り戻していた中田さんの表情が、あっという間に般若のごとき厳しさへと変貌を遂げた。

​「……何なんですか、この『さん』付けは! 人に迷惑かけて逃げたくせに、自分で自分を敬ってる場合じゃないですよ!!」

​静かに怒りを再燃させ、拳をギュッと握りしめる中田さん。温厚な彼女をここまで激怒させるとは、草場雄一郎という男の図々しさは本当に底が知れない。

​周囲の客に金をせびり、後輩バイトに追われ、友達に借金を払わせ、自分に「さん」をつける男・草場雄一郎。

​当然のことながら、彼は全店舗「出禁(出入り禁止)」となった。

​おわりに:ネカフェの現場でたくましく生きるために

​こうして、我が店を揺るがした「草場雄一郎無銭飲食事件」は、哀愁漂うパシリおじさんの犠牲によって幕を閉じたのであった。

​ネカフェのバイトをしていると、今回のような想像を超える珍客や「どうしてそうなったの!?」と頭を抱えたくなるようなトラブルに遭遇することがたまにある。

​だが、そんなハプニングも後になれば最高のネタになり、一緒に乗り越えたスタッフ(と、後から現れる100kgの新人くん)との絆も深まるというものである。

​「ちょっと変わった空間で働いてみたい」「人間模様の面白さを体感してみたい」という方は、ぜひネカフェのバイトに挑戦してみてはいかがだろうか。

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