我がネットカフェには、毎日欠かさずやってくる奇妙な常連客がいる。
年齢は30代後半。一見すると、どこにでもいるごく普通の「おじさん」である。顔もおじさんだし、話し方も至って普通のおじさんだ。毎日、お仕事を終えてクタクタになった作業着姿で来店するその姿は、日本の経済を支える哀愁漂う労働者そのものである。
作業着の下に隠された「美脚」の衝撃
しかし、彼はひとたび店の敷居を跨ぐと、誰もが予想だにしない変貌を遂げる。
ブースに入った彼がまず行うのは、作業着からの脱皮である。
ブースに入って数分後、彼がフロントに現れる時、その下半身は潔いほどのショートパンツへと姿を変えているのだ。
紙面や画面を飾るモデルよろしく、フロント前にある貸し出し用スリッパを取りに来る際、彼はなぜか、おしげもなく生足を出してやってくる。しかも、その足が驚くほど美おしげもなく生足を出してやってくる。しかも、その足が驚くほど美脚なのだ。
彼は少しつま先立ちになりながら、「ソソソソソ……」と、まるで静まり返った夜の廊下を忍び足で歩く忍者のような、あるいは高貴な身分の者が衣服を擦り合わせるような、独特のステップで近づいてくる。
そんな彼は、フロント前の棚から、スリッパを手際よく回収すると、再び「ソソソソソ……」と流れるようなステップで自分のブースへと引きこもっていった。用件はそれだけだったらしい。
しかし、本当の衝撃はその数分後に訪れた。
扉の隙間からヌッと現れた彼の足元を見て、私たちは思わず息を呑んだ。
……履いている。
今度は、きめ細かく肌に吸い付くようなベージュのストッキングを、一寸の弛みもなく完璧に穿きこなしているのだ。
先ほどの生足も十分に美しかったが、薄いナイロンを纏ったその美脚は、バックヤードの蛍光灯の光を浴びて艶やかな光沢を放っている。
そのあまりに優雅で、しかし顔はおじさんという強烈なアンバランスさに、バックヤードで密かに畏敬の念を抱いた私たちは、敬意を込めて彼をこう呼ぶことにした。
「ストッキング王子」 と。
背中に浮かび上がるミステリー
王子の呼び名にふさわしく、彼のファッションへのこだわりはショートパンツだけに留まらない。
ある日、私は見てしまった。彼が着ているごく普通のTシャツの背中に、くっきりと浮かび上がるミステリアスな線を。
そう、それは紛れもなく「ブラジャーの線」であった。作業着の下にそれを忍ばせ、日々社会と戦っていたのかと思うと、彼の背中が急に深い謎に包まれたオーラを放ち始める。
店内に舞い降りたニュータイプの貴族
さらに夜が更けると、王子の防寒対策はダイナミックさを増す。
店が無料で貸し出している至って普通のブランケットを、彼は何を思ったか、マントのように首元で結び、肩から颯爽と羽織るのだ。
美脚のショートパンツに、Tシャツから透けるブラジャーの線、そして背中に翻るブランケットマント。
その姿で「ソソソソソ……」と店内をうろつく彼の姿は、現代のネットカフェに舞い降りた、あまりにも孤独で、あまりにも自由なニュータイプの貴族であった。
今夜も健やかにマントは翻る。
今日も夜が更ける。
フロントの向こうで「ソソソソソ……」という足音が聞こえるたび、私は「あぁ、今夜も王子は健やかにマントを翻しているな」と、妙な安心感を抱くのである。
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