1. シフトイン10分、迫り来るゴロゴロ音
ネットカフェのバイトというのは、平和な時はとことん平和だが、荒れる時はシフトに入った瞬間に嵐が吹き荒れる。
その日、私と一緒にシフトに入ったのは、愛嬌抜群でいつでもニコニコしているフリーターの男の子(以下、天使君)であった。彼の天使のような笑顔は、殺伐としがちなネカフェのフロントにおいて唯一の癒やしである。
レジの引き出しを開け、今日のお金がちゃんと合っているか確認していた、まさにその時。
——ゴロゴロ、ゴロゴロ……。
廊下の向こうから、何やら重厚で不穏なキャリー音が近づいてきた。
見ると、キャンプ場でしか見かけないような大きなキャリーワゴンにパンパンの大荷物を積み込み、それを「ズルズル」と引きずってくる一人の人が見える。
ここはアウトドア施設ではない。ネットカフェである。
あまりにも異様な光景に、周囲のお客様たちも「なんだなんだ」と遠巻きに引いた目で見つめている。
前シフトのスタッフで、趣味が筋トレという脳筋マッチョの石田に「ねぇあれ何?」と聞くと、「あ、新規で完全個室に入られたお客様ッスね!」と爽やかに答える。嫌な予感しかしない。
2. コミック棚の前で始まった「謎の開封儀式」
ワゴンを引きずったおばさんは、新刊コミックがズラリと並ぶ棚の前でおもむろに立ち止まった。
探す素振りも見せず、ワゴンから手を離すと、あろうことかその中身を店舗の床にぶちまけ始めたのである。
底がいまにも破れそうなパンパンの紙袋。何が入っているのか一切分からないパンパンのカゴ。
それらを次々と床に広げていくおばさん。
新刊コミックを心待ちにしていた他のお客様が、おばさんの「広大な陣地」のせいで棚に近づけず、困り果てている。
「これはいかん」
見かねた私はおばさんに近づき、できる限り丁寧な声で声をかけた。
「お客様、申し訳ございませんが、ここで荷物を広げられますと他のお客様のめい……」
言い終わるより早く、おばさんが「グワッ!!」と地獄の鬼のような形相でこちらを振り向いた。
「分かってるわよ!! 今から帰るところなのよ!! あfa…xば!!fじぁ87g!かls001v&ぬぁあ!!」
解読不能な謎の怒号をものすごい勢いで叩きつけられ、私は一瞬で悟った。
(あ、これは関わっちゃダメなタイプの人間だ……)
私はすーっと気配を消し、「お会計お願いしまーす……」と引きつった笑顔でそそくさとレジへ退散した。
レジへ戻ると、笑い上戸の天使君はすでに肩を激しく揺らし、必死に笑いを噛み殺していた。そして、プルプルと震える口元を押さえながら、声をひそめて話しかけてきた。
「……ブフッ……しー姉……大丈夫ですか……? 『今から帰るのよ!』って……ヤバい顔してた……マジで地獄の鬼みたいな顔してましたよ(笑)。ていうか、あそこまでボロクソに怒鳴られる筋合いないのに……くっ……めっちゃ理不尽に怒られてますね……ッハハ!」
3. カゴの中に蠢く「茶色の塊」と、AIモード起動
レジ業務をこなしつつ、遠目におばさんの様子を伺っていると、彼女はワゴンにかけられていたバスタオルをサッと外した。
その下にあったカゴの中に、何やら「茶色のモゾモゾ動く物体」が見える。
「……ねぇ、天使君。あのカゴの中、なんか動いてない……?」
「え? ……うわ、マジだ。なんかモコモコ動いてますよ……?」
レジ越しに目をこらして、よく観察してみる。
……うさぎだ。カゴの中に、生きたうさぎが鎮座している。
ただの「日常のしー姉」なら、「きゃ〜うさぎだ!可愛い〜!」とほっこりするところだが、今の私は「ネカフェの店員」である。
「これは、本格的にいかん」
私は意を決して、再びおばさんの元へと向かった。
「お客様、大変申し訳ありませんが、当店はペットの連れ込みは固くお断りしております。すぐに精算を……」
「分かってんのよ! 最初から帰るつもりだったのよ!! ×〇くぉma!&%$89きぁw34zk0000ぎゃぁ!!!!!」
「ペットの連れ込みは困ります。ご精算をお願いします」
淡々とそれだけを言い残し、私は再びレジへと戻った。
4. 「地獄に落ちろ!!!」と去りゆく嵐
しぶしぶレジへとやってきたおばさんは、フロントに就くやいなや大爆発した。
「今、帰るわよ! 何だお前は! だいたいあんな部屋、汚くて毒が撒いてある!! fgくぁ!なa!999z&xびぃv#$$あぁ!」
「お会計1760円です」
「お前は! あんな部屋に毒が!! くぉaS!xが!7774qqk!!む90あ!&%$じぇ!!」 「お会計1760円です」 「お前じゃなくて、あっちの店員呼んでこい! 毒の部屋に無理やり寝かせられa!がぁdx!qwe8890vぎゃzx!@$$ぶぁ!!!」
「お会計1760円です」
AIモードの私には、どんな罵詈雑言も効かない。ただひたすら金額を提示し続けるのみである。
散々怒鳴り散らしてお金を払い、お釣りを受け取ったおばさんは、再び大荷物をワゴンに積み直すと、ゴロゴロと出口へ向かった。
自動ドアが開き、やっと嵐が去っていく……そう思った瞬間、おばさんは「グワッ!」と振り返り、店舗全体に響き渡る声で言い放った。
「地獄に落ちろ!!!」
そのままドアが閉じると同時に、横で耐えていた天使君の腹筋が崩壊した。
「ハハハ! しー姉、地獄に落ちろって!! 笑笑」
「うさぎ……うさぎ連れてた笑笑笑」
シフトインしてわずか10分。怒涛のババァ台風であった。
「ちょっとマッチョ石田! ペット禁止なんだから最初に入ってきた時に止めなさいよ!」と脳筋スタッフに八つ当たりすると、「いや〜気づかなかったッス!重そうだなって思って!」と筋肉らしいアホの返答が返ってきた。
呆れ果てつつも、ようやく平和を取り戻した店内。
……しかし、私の胸には何とも言えない「嫌な予感」が渦巻いていたのである。
(後編へ続く!)
次回予告【後編】
嵐のあとに残された「衝撃の惨状」と「謎のバスタオル」。
勇気を出してめくったバスタオルの下から現れた『絶望の物体』とは……!?
「しおらしい客」のふりをして忘れた頃にやってきた一本の恐怖電話!!



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