1. 夕暮れ時に訪れた「不穏なふたり」
夕方遅くのフロントに、いかにもタダモノではない雰囲気を纏った二人組みがやってきた。
先頭を切ってズカズカと歩いてくるのは、真っ白なジャージに身を包んだ30代ほどの男である。
ガタイが良く、耳にはピアス、指にはゴツいリングが光り、首元からはチラリとタトゥーが覗いている。
対する後ろの男は、50代とおぼしき痩せこけた小柄な男。
着ている服も薄汚れた作業着のようで、どこか怯えたように目をキョロキョロと泳がせている。
(……ほう、これは何やら穏やかではない組み合わせだな)
私が心の中で警戒メーターを上げた瞬間、白ジャージ男が「今、どの部屋が空いてますか?」と話しかけてきた。
口調こそ案外穏やかであったが、全身から醸し出される圧迫感は並ではない。
新規入会の説明を終えると、白ジャージ男は「分かりました、オイ、コッチで書くぞ」と、小柄なおじさんを引き連れて記帳カウンターへと向かった。
私はフロント業務をこなすフリをしつつ、全神経を耳に集中させて彼らの会話を聞き耳立ててみることにした。
「身分証は?」
「…あ、コレでふ…」
「明日、7時に迎えに来るから」
「…ファイ、よろしくお願いしふぁす…」
「起きとけよ、会計するから」
「…!ファイ!」
(……おぉっと)
絶対に親子でも友達でもない、あまりにも明らかな上下関係。
そう、それはまさに漫画『闇金ウシジマくん』の世界からそのまま飛び出してきたかのような、リアルな債権者と債務者の姿であった。
2. ドナドナ男の正体と、ウシジマくんの愛読書
リアルなウシジマくんの降臨に、私は心の中で「本当にこういう世界があるんだ」と少々興奮してしまったが、プロとして顔には一切出さない。
続いて、連れてこられた「ドナドナ男」の入会手続きを進める。
間近で見ると、なんと彼の口元には前歯が2本しか存在しなかった。なるほど、だから先ほどから言葉の端々で「フガフガ」と息が漏れていたわけである。
席が決まると、ウシジマくんは私に向かって「お金は、明日帰る時に俺が払いますから」と告げ、懐から1000円札を取り出した。
「ほら、コレは飯代」
ドナドナ男は「ふぁりがとうございまふ」とうやうやしく受け取り、何度もペコペコと頭を下げながらブースへと消えていった。
さて、これでウシジマくんは帰るのかと思いきや、再びフロントへやってきて「オープンスペース入れますか?」と言い出した。
どうやらドナドナ男が逃げ出さないよう、ドリンクを飲みつつ見張る算段らしい。抜け目がない。
一緒にシフトに入っていた大学生バイト君は、「あーゆー人生送ったら終わりですね…」と、人生のどん底を覗き込んでしまったような目で呆然としていた。
その後、私はコミックの返却作業のため本棚コーナーへと向かった。
するとそこに、ドリンクを片手に本を物色するウシジマくんの姿があった。
(……一体、この手の人種は何を読むのだろうか?)
野次馬根性を抑えきれず、さりげなく彼の右手元へ視線を滑らせてみる。
すると、彼が真剣な目つきで掴んでいたのは、あろうことか本物の『闇金ウシジマくん』であった。
(……自分のコミック読んでるじゃん!!)
吹き出しそうになるのを必死で耐え、私はサッと目を逸らして本棚の角を全力で曲がった。
「ウシジマくんがウシジマくん読んでる」というあまりに完成されたギャグに、心の中でゲラゲラと大爆笑してしまったのは言うまでもない。
なお、ドナドナ男が逃げないと確信したのか、ウシジマくんは1時間ほどで満足そうに帰っていった。
3. ネカフェ店員にだけ大威張りする男と、容赦なき一撃
夜が更けるにつれ、店内は静まり返り、お客様たちはブースで仮眠を取り始める。
完全個室なら防音性もあるが、一般的なブース席は天井が開いているため、どうしても他人のいびきや寝言が聞こえてくる環境である。
すると深夜、あのドナドナ男が怒り心頭といった様子でフロントへやってきた。
「いひきが、ふぅるさくて寝られない!どうにふぁしろ!」
彼は対応に出た大学生スタッフに向かって、フガフガと大きな声で怒鳴り散らしている。
どうやら案内された部屋の周りがうるさく、気に入らないらしい。
さっきまでウシジマくんの前で「ファイ!ファイ!」と縮こまっていた男と同一人物とは思えない高圧的な態度である。
『お客様は神様だ』とでも言わんばかりに店員を叩くその姿に、私は少々呆れてしまった。
しかし、冷静に考えてみてほしい。
彼は明日、ウシジマくんにお金を払ってもらわなければ1円も持っていない身の上なのだ。そして明日朝7時にこの店に存在していなければ、その後どんな恐ろしい目に遭うか分かったものではない。
弱者に対して急に強気になるその見苦しい態度に嫌気がさした私は、怯える大学生スタッフの前にスッと立ち塞がり、冷ややかに告げた。
「お客様、ここはホテルではありません。音は聞こえます。それが気に食わないなら出て行ってもらって、結構です」
まさかネカフェの店員から反撃を受けるとは思っていなかったドナドナ男は、一瞬で固まった。
「出て行け」と言われた瞬間、明日の朝ウシジマくんに置き去りにされた時の恐怖が脳裏をよぎったのだろう。
歯の抜けた口をプルプルと震わせながら、
「い、いふぁ、ここにいふぁいと……ココにいまふゅ……あ、あのふゅみません……」
と、急にしおらしくなり、ほうほうの体で自分のブースへと引き返していったのであった。
哀れに見えるかもしれないが、背に腹は代えられないとはいえ、借金まみれで他人の金頼みのくせに店員へ当り散らすのはお門違いというものである。
その一部始終を横でこわばった顔で見つめていた大学生スタッフは、ポツリと呟いた。
「……僕、ちゃんと就職しよ……」
社会の底辺と理不尽を凝縮したようなドナドナ男の姿は、若い彼にとってこれ以上ないほど強烈な「反面教師」となったのであった。
4. しー姉おすすめコミック『闇金ウシジマくん』
今回、当店のフロントでリアルな出金劇を見せてくれた彼らを見て、私がおすすめしたくなったのは言うまでもなくこの作品である。
真鍋昌平先生の不朽の名作『闇金ウシジマくん』
【あらすじ】
10日5分(トゴ)という暴利で金を貸し付ける闇金融「カウカウファイナンス」の社長・丑嶋馨(ウシジマ)と、そこに群がる欲望と借金に塗れた債務者たちのリアルな人間模様を描いたダークドラマである。
ウシジマ本人がウシジマくんを読むというシュールすぎる光景もさることながら、甘い言葉や自堕落な生活の末に追い詰められていく人間たちの哀愁は、まさに今日フロントで繰り広げられたドラマそのものであった。
『借りた金は返さなければならない』
『弱者に威張り散らしても、自分の立場は1ミリも上がらない』
——身につまされる人生の教訓がぎっしりと詰まった名作ですので、みなさんも当店のブースで、周囲のイビキに腹を立てることなく(笑)、静かにページをめくってみてはいかがだろうか。
【中古】 闇金ウシジマくん 36 / 真鍋 昌平 / 小学館 [コミック]【宅配便出荷】 価格:110円 |
【中古】闇金ウシジマくん <全46巻セット> / 真鍋昌平(コミックセット) 価格:12598円 |
※さて、ここまで読んでネカフェで働いてみたくなった物好きなあなたへ
リアルな『闇金ウシジマくん』の世界を特等席で眺めたり、大学生バイト君が勝手に人生の教訓を得ていく姿をリアルタイムで鑑賞できるネットカフェのバイトは、実はなかなか味わい深い仕事である。
静かな空間で黙々と作業をするのが好きな人や、世の中のさまざまな人間模様を冷ややかに観察して心の中でニヤリとしたい人には、まさにこれ以上ないうってつけの職場と言えるかもしれない。
興味が湧いてしまった方は、試しにお近くのネカフェ求人を覗いてみてはいかがだろうか。もしかしたら、あなたも明日から『反面教師と出会える職場の目撃者』になれるかもしれない。
▼ ネカフェの求人を冷やかし半分に覗いてみる



コメント