​真夏の駐車場に降臨した、不届きな勇者​【ネカフェのバイトはきつい?現役店員が仕事内容の裏側と珍客エピソードを大暴露】

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​それは、私が少し遠くにある郊外の姉妹店へと、助っ人(ヘルプ)に入ったときのことである。

​その店舗には、郊外型ならではの「無料の広い駐車場」というものがあった。これがのちに、あんな悲劇(というか喜劇)の舞台になるとは、そのときの私は知る由もない。

​季節は真夏。夕方になっても外は容赦ない熱気に包まれていたが、ネカフェの店内はパラダイスそのものであった。エアコンがキンキンに効いた快適なブースで、お客さんたちは思い思いに漫画を読みふけり、あるいはネットゲームに没頭している。実に平和な, 日本の夏の風景である。

​私はといえば、お客さんが読み終えたコミックを元の棚へと戻す「返却作業」に精を出していた。

​そんなとき、フロントにいたアルバイトの女の子が、血相を変えて私を呼びに走ってきたのである。

​「しー姉さん、大変です! お客さんが……!」

​話を聞くと、会計を終えて、駐車場へと向かったお客さんが慌てて戻ってきて、「駐車場で人が倒れている」と伝えに来たというのだ。

​「えっ、倒れてる!?」

​のんびりムードは一変し、私はそのお客さんと共に大急ぎで外の駐車場へと向かった。一歩外へ出ると、アスファルトの熱気でクラクラするほどの高温である。

​「あそこです、あの車です!」

​そのお客さんが指さす方を見ると、一台の乗用車の運転席のドアが、がばりと全開になっていた。そして恐る恐る近づいた私は、そこに広がるあまりにも前衛的な光景に、思わず目を丸くすることになったのである。

​なんと、運転席から半分地面へ転げ落ちるようにして、一人の男性がぐったりと倒れていたのだ。

​それだけなら「一刻を争う重病か!?」と大パニックになるところだが、何かがおかしい。男のズボンを見ると、ベルトもボタンも外れており、あろうことかチャックまでが全開だったのである。夕暮れ時、あたりが薄暗くなり始めたというのに、実に見苦しい有様であった。

​賢者タイムと熱中症の、奇妙なランデブー

​「だ、大丈夫ですか……!?」

​声をかけると、男の意識はかろうじてあった。しかし、尋常ではない汗の量である。命に関わる熱中症の可能性大と判断した私は、すぐさま携帯から救急車を要請した。

​「今、救急車を呼んでますからね!」

​と、横たわる男に告げたその瞬間。男は死に物狂いの力を振り絞るようにして、「だ、大丈夫です……」と朦朧と呟きながら、なんと、必死の手つきでズボンのボタンを閉め、ベルトを整え始めたのである。

​救急車が来る前に、せめて社会の窓だけは閉めておきたいという、男としての最後のプライドだったのかもしれない。その必死すぎる姿に、私は少しだけ哀愁を感じてしまった。

​やがてピーポーピーポーと救急車が到着し、男は隊員たちの手によって厳かに運ばれていった。

​去り行く救急車を見送りながら、私は事の真相をすべて察し、深い、深いため息をついた。

​実はこのネカフェ、便利なことに「無料Wi-Fiの電波」が駐車場までビュンビュンに届く仕様になっていた。

男は仕事終わりに車を停め、ネカフェの料金をケチるために店には入らず、車内でその無料Wi-Fiを泥棒し、スマホで熱心にアダルト動画を鑑賞していたのである。

​エンジンを切った真夏の密室で、興奮絶頂を迎えた男。

しかし、コトを終えて一気に現実に引き戻されるいわゆる「賢者タイム」が訪れた瞬間、それと同時に猛烈な暑さが男を襲ったのだろう。

​賢者モードの虚無感と、熱中症の脱力感が同時に押し寄せた結果、男はドアを開けたまま力尽き、あられもない姿で地面へパラシュートしてしまったというわけだ。

​タダで他人のWi-Fiを使い、車内で己の欲望を満たした挙げ句に熱中症で運ばれるという、どこをどう切り取っても1ミリも同情できないトホホな結末。

​「命がけで一体何をしてるんだ、あの男は……」

​私はすっかり冷めきった気持ちで、アスファルトの熱気を感じながら店内の涼しいエアコンの中へと戻っていくのであった。

シゴトin

​大人しい彼女の、裏の顔

​フロントへ行くと、最初に私を呼びに来てくれたアルバイトの女の子が、心配そうな顔でポツンと待っていてくれた。時計を見ると、とっくに彼女のシフト終了時間は過ぎている。自分の時間を削ってまで先輩の帰りを待ってくれるなんて、なんと健気で優しい子なのだろう。私はちょっと感動してしまった。

​「しー姉さん! 大丈夫でしたか? あの人、一体どうしちゃったんですか……?」

​不安そうに小首をかしげる彼女に、私は事の顛末をすべて包み隠さず話して聞かせた。Wi-Fiのタダ乗りから始まり、真夏の密室でのハッスル、そして賢者タイムと熱中症の奇妙なコラボレーションに至るまで、一部始終をである。

​普段の彼女は、物静かで大変おとなしく、少女漫画のヒロインのように可憐な女の子であった。だから私は、「まぁ、そんな恥ずかしい理由だったの、ウフフ」なんて呆れ半分の可愛いリアクションが返ってくるものとばかり思っていた。

​しかし、話を聞き終えた瞬間のことであった。

​日頃からお店の「無断駐車問題」にひそかにハラを立てていた彼女の何かが、完全に逆鱗(げきりん)に触れてしまったらしい。

​彼女は、さっきまでの可憐な表情をミリ単位も残さずガラリと豹変させると、ドスの効いた低い声でこう言い放ったのである。

​「……自業自得じゃねーか」

​それは、バックヤードのエアコンの冷気よりも冷たく、鋭い一言であった。

​人は見かけによらないとはよく言ったものだが、まさか彼女の口から「じゃねーか」という力強いフレーズが飛び出すとは夢にも思わなかった。

​すっかり心の窓まで全開になった彼女は、そのまま荷物をまとめると、「お疲れ様でしたー」と普段通りの可愛い声で言い残し、疾風のように我が家へと帰っていった。

​勇者の旅路と、賢者の時間

​残された私は、男のチャックと彼女の豹変ぶりに、ただただ二重のショックを受けながら、今度こそ本当に冷え切った心でコミックの返却作業に戻ったのである。

​ひたすら無心で棚に本を戻し続け、ようやく今日のすべての業務が終了した。夜道を車で走りながら、私は愛しい愛猫(ねこ)のひまわりちゃんたちが待つ我が家への帰路についていた。

​エアコンの風を浴びながら、私の脳裏には、先ほど救急車で運ばれていったあの男の姿がなぜか壮大なファンタジーとして蘇っていた。

​(……いや, 待てよ。もしかしたらあの男は、とんでもない『勇者』だったのかもしれない)

​彼は、己の欲望という名の聖剣エクスカリバー(スマホ)をしっかりと右手に握りしめ、灼熱の炎を吐くドラゴンが潜む洞窟(エンジンを切った車内)へと、たった一人で果敢に赴いたのだ。

​命を脅かす烈火のドラゴンブレス(猛烈な熱気)をも恐れず、彼は自らの限界に挑み、あらゆる「勇気」を奮い立たせたのである(一体どこの部分の勇気を奮い立たせたのかは、あえて深くは追究しないでおくのが大人のマナーというものだろう)

​しかし、激しい死闘の末に、見事その絶頂を極めた瞬間。

戦いを終えた勇者を待っていたのは、勝利の栄光ではなく、すべてが虚無へと還る謎の「賢者タイム」、そして力尽きた彼に容赦なく襲いかかるドラゴンブレスの呪い(熱中症)であった。

そう、彼は自分の欲望にだけは忠実な、最高に不届き者の勇者だったのだ。

​「賢者タイム」というのは、時に人をこれほどまでに無力にし、とんでもない大失態へと誘う魔の時間なのである。つくづく恐ろしいシステムだ。

​そんな真夏の世にも奇妙な賢者タイムに呆れつつ、世の中にはもっと笑えて、ちょっとセクシーで、それでいて最高にトホホな「賢者の時間」と戦うファンタジーがあることを、私は思い出すのであった。

​📚 しー姉のネカフェおすすめコミック

​さて、今回駐車場に現れた不届きな勇者は、己の欲望に負けて救急車で運ばれるという実に見事な大失態を演じたわけであるが、世の中には彼と同じように、己の「賢者タイム」と日々死闘を繰り広げている男がいる。

​それが、ネカフェでも密かに大人気の爆笑コミック『ピーター・グリルと賢者の時間』である。

​主人公のピーターは、地上最強と謳われる立派な戦士なのだが、子孫を残したい異種族の美女たちに次々と迫られ、その誘惑にあっさりと負けてしまうという、実にお盛んでチョロい男なのだ。

そしてコトが終わった後に、猛烈な「賢者タイム(後悔)」に襲われては頭を抱えるという、まさに今回の駐車場事件の男をそのまま漫画の世界に引っ越させたようなトホホ系ファンタジーなのである。

​あの不届きな勇者の必死すぎる姿に、ほんの少しだけ哀愁を感じてしまったそこのあなた。ぜひこの本をめくって、極上の賢者タイムの虚しさを、今度は涼しい部屋で安全に笑い飛ばしてみてはいかがだろうか。

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