​【三部作・その2】激走の中田さんと、100kgのデブ水戸黄門【ネカフェのバイトはきつい?現役店員が仕事内容の裏側と珍客エピソードを大暴露】

ネカフェの珍客・体験談

​はじめに:休日の平和を切り裂く一本の電話

​次の日、休みの私は家の用事をサッサと済ませ、仕事のことなど綺麗さっぱり忘れて休日を満喫していた。

​今日のお楽しみは、自作の特製ツマミである。

作り方は実に簡単だ。まず厚揚げを適当な短冊切りにして並べ、その上にとろけるチーズをパラパラと乗せる。さらにスーパーで買ってきたカットネギを、カップごとひっくり返して豪快に山盛り乗せるのだ。あとは味噌、砂糖、酒をテキトーに混ぜ合わせた特製ダレを上からトロリとかけ、トースターに放り込んでじっくり焼くだけ。

​香ばしい焦げ目がつき、チーズがとろけた「厚揚げのネギ味噌チーズ焼き」の完成である。

​(フフフ、今日も完璧な仕上がりだ……!)

​キンキンに冷えたビールをプシュッとあけ、出来立て熱々のツマミを頬張りながら電子コミックを読み進めるという、至福のひととき。

※余談ではあるが、仕事帰りにスーパーへ立ち寄る気力すら湧かない日は、ネットスーパーで厚揚げやチーズをまとめて家に届けてもらうに限る。

​キーッとなって買い出しに行く手間も省け、実に快適で楽ちんなのでおすすめである。

​そこへ、スマホの画面に「中田さん」の文字が浮かび上がった。昨日の肩ゆれ男・草場雄一郎の顔が脳裏をよぎり、嫌な予感とともに通話ボタンを押す。

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​「もしもし、しー姉ですか? お休みなのにすみません……今……草場雄一郎に逃げられました!」

​酔いが一瞬で吹き飛ぶ第一声。

​「やっぱり!!!」

​不吉な予感が的中したショックよりも、己の直感が正しかった喜びとアルコールのせいで、私のテンションは不謹慎にも跳ね上がってしまったのである。

​1. フロント前で始まった、不審すぎる不審者の動き

​「退室時間の1時間前からずっとウロウロして、本棚の隙間からこっちを見てて……。絶対に逃がさないようにフロントから離れないようにしてたんですけど……すみません!」

​電話の向こうで悔しそうにテンパる中田さん。「警察呼びますって言ったら、あいつ走って逃げたんです!」とのこと。

​あんな怪しいおじさんが走って逃げるのを、まだ二十歳そこそこの若い中田さんに捕まえさせようなんて無茶な話である。下手に追い詰めて怪我でもさせられたら困るし、走って逃げられたなら、もう仕様がない。変な奴に襲われず無事だっただけでも、万々歳というものである。

​「暴れたりしてないから良かったよ。とにかくお部屋は清算して、今日は売り上げ誤差マイナスで処理して。明日詳しく教えてね」

​慰めつつ指示を出し、翌日シフトインした私は、店長とともに防犯カメラの映像をチェックすることにした。

​映像を退室時間の1時間前に合わせると、画面の中の草場はブースから出てきて、うろウロとフロント周辺を不気味に徘徊していた。

​やがて退室時間となり、財布を開きながら中田さんに何やら訴えかける草場。中田さんが「警察を呼びます」と宣言した瞬間、草場は激しく肩を揺らしながらフロントから離れていった。

​「実は……警察呼ぶって言った後、こいつ、他のお客さんにお金借りようとしてたんですよ」と中田さん。

​「「えっ!?」」

​店長と私の声が見事にハモった。

​2. 恐怖の全室ピンポンと、命がけの猛ダッシュ

​カメラのモニターを切り替えると、そこには恐ろしい光景が映し出されていた。

​通路を歩く客に激しく肩を揺らしながら話しかけ、速攻で拒絶される草場。すると奴は、さらなる暴挙に出たのである。

​なんと、部屋を片っ端からコンコンとノックし、ドアが開くやいなやガクガクと肩を揺らしながら無心(金をせびる)し始めたのだ。何という大迷惑行為。ネカフェ界のタブーをすべて破っていくスタイルである。

​モニターを見つめていた店長も、開いた口が塞がらないといった様子で呆然と呟いた。

​「なんちゅう迷惑行為……俺も長年店長やってるけど、こんな図々しい奴見たことないよ……」

​長年あらゆる珍客を見送ってきた店長ですら、ドン引きを通り越して感心してしまうほどの筋金入りの変人ぶりであった。

​それにしても、防犯カメラの映像というのは恐ろしいほどバッチリ映るものである。

​最近はスマホでいつでも映像を確認できる工事不要の小型防犯カメラなども手軽に手に入る時代なので、自宅の防犯や留守中のペットの見守り用にひとつ置いておくのも実に賢い選択かもしれない。

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​当然、誰ひとりとして金を貸すはずもなく、再びフロントへ戻ってきた草場。観念したかと思いきや、奴は履き潰したスニーカーの踵をトントンと履き直し始めた。

​「あ……逃げる準備しだした!」

​中田さんが警察へかけようと受話器へ手を伸ばし、視線の先を電話機に向けたその一瞬の隙を見逃さず、奴はダダダダダ!と自動ドアへ向かって猛ダッシュ。開きかけたドアに体当たりするように外へ飛び出していったのである。

​電話で「走って逃げられた」と聞いた時、私は勝手に「中田さんはショックのあまりその場に棒立ちになり、遠ざかる草場の背中を呆然と見送っていたのだろう」などと想像していた。

​だが、実際の映像はまったく違っていたのである。

​草場が飛び出した次の瞬間、普段は「そうですよねぇ〜」と心優しいおっとりタイプの中田さんが、恐ろしい素早さでフロントを飛び出し、猛然と草場を追いかけて外へ飛び出していったのだ。

​疾走する中田さん。画面から消える二人。思わず「おぉっ! 中田さんすごい! 本気で追ってる!」とモニターの前で声を上げる私と店長であった。

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​3. 画面の端から現れた「デブ水戸黄門」

​防犯カメラの画面には、誰もいなくなった静寂の店内だけが映っている。

​「なるほどね、こんな感じの無銭飲食逃亡劇だったんだ」と、店長が録画を止めようとした、その時である。

​画面の端から、のっしのっしと何か巨大な影が現れた。

​中田さんと一緒にシフトに入っていた、研修を終えたばかりの新人くん(体重100kg超・わがままボディ)である。普段はハァハァと息を上がらせながら接客している彼が、なぜかこの土壇場で登場したのだ。

​しかも、100kgオーバーの巨体でありながら、背中に両手を組み、実に優雅にお散歩スタイルで歩いてくる。

​直前までの「中田vs草場」の緊迫した修羅場と、その直後に現れた堂々たる「デブ水戸黄門」。あまりのギャップと余裕っぷりに、店長と私はお腹を抱えて爆笑した。

​「えっ!? 今までどこにいたの!?」

「何この『余は満足じゃ』みたいな現れ方!?」

​かくして、ネカフェ史上稀に見る無銭飲食事件は、デブ水戸黄門の優雅なご登場によって幕を閉じた……かに思われた。

​(【三部作・その3】へ続く)

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